はじめましてKeikoです!

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石井恵子の資格など

米国代替医療協会(AADP)認定ホリスティック・ヘルス・カウンセラー
Intuitive Eating  プラクティショナー
天城流湯治法 湯治士補    
CS60施術資格者
メンタルビュティーアカデミー主宰
Pure Food Pure Body

 

Keikoが通ってきた道


1974年3人兄弟の2番目として生まれました。
小さな頃から、人のことが好きで、外に出るのが好きな子でした。
小学校の通学路ですれ違う大人に『おはようございます!』と声をかけて、それに返事してもらうのを嬉しがっていたのを覚えています。

 

人が生まれること、生きること、そんなことにも興味がある子でした。『なんで人は生まれてくるの?』って疑問を母親に問いかけた記憶もあります。
学校帰りに、ああ、この中にいるのが私であって、他の人が見える世界と私が私の内側から見える世界は違うんだ!と自分の魂は自分の肉体の中に居るんだ、と、気がついた記憶があります。

そんな頃から、神様の存在を感じて、神様が話しかけてくる感覚を持っていました。

父親の単身赴任が長く、母親がほぼワンオペで育てていたこともあり、親は忙しく、ちょっと辛そうで、親の仲がいいとは思えていなくって、『私は何をしてあげたらいいのだろう?』と、母親が夜疲れてうたた寝してる横で、夕食の食器を洗ったりする子供でした。


動物が好きで、大型動物の獣医になりたくて、北海道大学の獣医学科を目指します。がむしゃらに受験勉強をしたのですが、センター試験の英語で大失敗して、九州大学の農学部に入ることになります。

大学では、農学部畜産学科という大型動物を扱える学科にいきました。

大学での部活動はチアリーダー部に所属。

元々、中学校で新体操をやってたりして、踊ることが大好きでした。
チアリーダーでキャピキャピ踊りを楽しみたい!と思っていたのですが、それがキャピキャピのチアリーダーなのではなくて、

”応援団” チアリーダー部だったのす。

いろんなしきたりに悶々としながら、厳しい部活動生活を送っていました。
(でも、その部活のおかげで今の夫と知り合います。→夫は北海道大学の応援団でした。笑)

そして、チアリーダーという見せるスポーツだったため、無理なダイエットにハマったのもこのころです。

農学部畜産学科では、あまり魅力を感じることができず、なんのために勉強するのか、が分からなくなります。

そんな時に、国際農業者交流協会という団体が海外農業研修生を募集しているというポスターを見つけます。
結局、違う世界を見たくて、大学3年生で大学を1年間休学し、スイスに農業研修にいくことを決心します。

農家出身でもない私が、その団体から研修に行けたのは、私の事を心から応援してくださった、教授のおかげです。

1年間スイスの酪農の農家でそこのホストファミリーと寝食を共にして働きました。
夢である、牛、馬に囲まれた生活を果たすことができました。

でも、一方で、温かいハイジの世界のようなホストファミリーをイメージしていた私の理想とは全然違う現実も待ち受けていました。とても若い夫婦の元で、私は、農業を手伝うのではなく、仕事に出る奥さんの代わりに、育児、家事を手伝うことになってしまったのです。

そして、私の前の研修生が引きこもりでコミュニケーションを取らないタイプだったため、どうせこの子もそうでしょ?と期待や信頼をされておらず、奥さんの方は、本当に最初はとっても冷たくしか接してくれませんでした。
慣れないご飯作りに追われ、2歳、4歳のスイス語しか話せない子供たちと毎日格闘、でも、子供達は、言葉のできない私を馬鹿にする、そんな生活が始まりました。

夜の時間には温かい団欒を期待してたのに、夕飯後は、ホストファミリーのご夫婦はさっそと夫婦の寝室に行ってしまい、会話を楽しみ雰囲気ではなく、私も、一人自分の部屋で過ごすしかなかったのでした。
孤独と、不満足のストレスでスイスチョコレートとワインをたらふく飲み食いし、ダイエットしなくなった私は、ぶくぶくと太っていきました。結局12キロ太りました。

丸々と太った私は、こんな不満足なままスイス研修を終わらせるのなんて嫌だ!!と思い、ある夜ご夫婦の部屋のドアをノックします。
『話があるのだけど、ちょっと聞いてもらえる?』
心臓が胸から飛び出すほど、ドキドキしながら、喋る内容のドイツ語をびっしり書いた紙を片手に伝えました。

ご夫婦は私の真剣さに『何事?』と驚き、リビングに降りてきて、テーブルに一緒に座ってくれました。

そこから私は、私がスイス研修というものに求めているもの、もっと農業の方を手伝いたいこと、家族と団欒をして、ドイツ語ももっと喋れるようになりたいこと、いろんな思いを、しどろもどろなドイツ語で伝えました。

。。。。。結局、私のドイツ語が酷すぎて、私の言いたいことは、正確には伝わりませんでした。笑

でも、私がドイツ語を学びたいんだと理解したご夫婦は、私にドイツ語のクラスに参加できるように、お金を出してくれて、休みをくれることになったり、また、毎日ではないけど、牛の世話をある一定期間手伝わせてくれることになったりしました。そして、その頃から、私のことも、何か考えのある子なんだな、と信頼してくれるようになり、Pia(奥さん)の方からも積極的に話しかけてくれるようになったのでした。
最終的に、私のスイス研修は素晴らしい経験になりました。

そんな経験から、私は、一見失敗に思えることでも、何かしら変化が起こるんだ、ってことを体験を通して学ぶことができました。

スイスから帰国して、大学4年生になった私、
『石井!卒業研究何するとか?』と恩師である教授から聞かれます。

『狂牛病研究をしたいです!』と私。

スイスに行っていた当時、滞在していた町の隣町で狂牛病が発症したことがあり、私の中でも、狂牛病に興味がありました。

『それは、ここではできん、他のテーマないか、考えないかんばい!』と教授。でも、他のテーマって言っても、私には狂牛病しか見えていなくって、『藤原先生、考えても、狂牛病しか思いつきません!』と答えます。

『そんなら、東京大学で、狂牛病の研究やっとる部屋があるから、そこで学んで来んね?!』と教授。

私の熱意が買ってもらえて、スイスから帰ってきたばかりなのに、今度は福岡から東京に一人暮らしをしに行くことになったのでした。

学ばせてもらえたのは、東京大学大学院獣医生化学研修室という生化学の部屋でした。そこでの学びは大変刺激的なものでした。


でも、東京での一人暮らしのクワクとともに、寂しさもかなりあって、過食気味に。
ダイエットしたいと思っている私の食生活は、食べる時と食べない時が極端になって、
どんどん乱れたものになっていきました。
その頃は、いかにカロリーないものを食べるか、に一生懸命でした。

そんな食生活の中、不調を感じるようになって、やっとの事で、体の健康と食べ物と心の関係に本当の意味で興味を持ち始めたのでした。

スイス研修時代の仲良しが貸してくれた本が最初。

なんだか無我夢中で読んで、近くの自然食材店(あの当時は、結構怪しげな店に思えた。。。まだ自然食が、今ほど大ブレイクして無かったから。)へ行って、必要とされる食材を揃えたのでした。

そのとき付き合っていた、彼(別れた夫)がそのとき、何を作っているの?と私のアパートに来て聞いたことがあって、私はうまく説明できなかったのを覚えています。何をやって居るかわからない、でも、なんか興味ある!!と思って無我夢中でした。
『なんか、よく分からんけど、ちょっとやってみてることがあるんだ~。。。』とかいってごまかした記憶があります。

でも、そのときの本は、かなりストイックで、私も、基本的な料理の知識が、今ほどしっかりしていなかったから、
決しておいしいご飯はその本のレシピでは作れなくって、スピリチュアで、健康なご飯って、味もストイックなのかなぁ。。。という漠然としたものが、残りました。
ただ、それを試したその当時、数週間は、かなり快便で、肌が、数段明るくなったことを今でも覚えています。

そんな良いイメージと、悪いイメージ両方を持ってから始まった、
私の心と体の健康の旅ですが、その後、完全に現代栄養学に基づいた食事を取る時期があったり、
健康食に興味がわいてしょうがない時期があったりして、健康道としては、少しずつ、少しずつ先に進んで行ったような気がします。


最初の夫と結婚して、生活ががらっと変ったことから、顔中にアトピー症状が出たことがありました。

小さい頃から持っているアトピーが、それまでは体のどこかにちょっと出る感じだったのが、一気に顔中に出た感じでした。
もう、目は腫れ、汁が出て、とても外に出て、人と会ったり、新婚生活を楽しむことなんてできる気持ちの余裕が無いくらい、悲惨になりました。鏡で見るたびに自分の顔が辛くて、
仕事から帰ってくる元夫にいつもいつも、泣いて、助けを求めていたような記憶があります。

それから抜け出ることができたのは、
古本屋でひょんなことからであった、石原 結實先生の にんじんジュース断食の本でした。

その頃、石原先生は、今ほどマスコミにも出ていなかったし、一般的には有名な方ではなかったと思います。

でも、その本に書いてあったことを実行し、その本に書いてある先生の診療所に電話し、予約を取りました。
ぼろぼろかさぶただか、汁が固まったのだかに覆われている顔で、先生の診療所を尋ねました。

先生は、私のお腹に手を当てて、細かな食事の注意点や運動すること、
水分を取りすぎないことなどを教えてくださって、私の場合は、漢方薬は必要ない、
食事療法だけで大丈夫と、言って下さいました。

そんなにひどく無いから、大丈夫。という言葉は、本当に励みになったのを覚えています。

わらにもすがるような気持ちで、食事療法をまた始めたのはその頃だったと思います。
運動も、定期的に私に必要なものとして、意識し始めたのもその頃。(学生の頃は、チアリーダー部活で、とても運動していました。)そしたら、気持ちも前向きになって、どんどん元気になっていきました。

そんなこんなの試行錯誤で、健康体を取り戻し、暴飲暴食しない限りは、アトピーも出ない状態を維持でき始め、その後妊娠、出産。。。
わたしはとても意思が弱いというか、のどもと過ぎれば熱さ忘れる、というか、健康溌剌な状態がしばらく続くと、私は、何食べても大丈夫〜♪みたいな気持ちになって、また失敗する、、、その繰り返しの傾向があります。

チョコレート食べ始め、少しのつもりが、もうちょっと、もうちょっと。。。といつの間にか、毎日甘いもの食べてる日常になってたり。。。

でも、そうすると、体は正直に不調を訴え始めます。

そして、そんな、はっきりした不調を体が大きなサインで出し始めたときって、もう、大掃除しないと間に合わないくらいになってて、極端な食事療法やるしかなくなってたり。。。。

でも、その頃の自分は、そんな自分を良く分かってなかったのです。なぜ、『食事療法』って特殊なことをしなければいけなかったのか?
もっと、マイルドに健康を保つ習慣なり、知恵なりを習得できていなかったと、今では思います。

子供を出産したことで、いいお友達にいっぱい恵まれ、そのお友達の縁からマクロビの理論を教えてくださる集会所での井戸端講義に参加していたこともあります。
エアロビクスのインストラクターの資格を取って、ママさんエアロビクスをしていたのもその頃。
そんなこんなのうちに二人目を出産、そして元夫について渡米をします。

アメリカに行ってから3ヶ月目で今度は元夫のほうが精神的なストレスから、顔にアレルギー症状が出たことがありました。
もう、私はそこら辺の解毒は、得意となっていたので、食事療法で、元夫の顔のアレルギーをきれいに治すことができました。

しばらくかなりストイックなマクロビオティックもやっていました。マクロビの本を読み漁って勉強しました。
ホットドックとか、ピザが横行しているアメリカで、ストイックな食生活を続けるのは、結構無理がありました。
それでも、トータルしたら、5年くらいかたくなに頑張っていたように思います。

でも、その頃、ストイックにやってるのに、なんだか、完全じゃないところがあって、
超健康生活をしているのに完全には幸せではない。。。みたいな、状態だったと思います。


で、その後今度は正反対に、ローフードを試してみたことも。

そんな中から、もういい加減、何が自分にあっているのかを体系立てて学びたい!という思いから、IIN(アメリカ最大のホリスティック栄養学校)に入学します。

その中で、bio individuality (人に合う栄養は人それぞれ違う)という概念に出会います、そして、自分に合う食べ方の見つけ方を学び、
そして、そして、、、試行錯誤しながら最終的に行き着いたところが、今の食生活だと感じています。


一番、大きな影響を与えてくれたのはSally Fallonの本 Nourishing Traditions
この本に出会ったおかげで、今までの、私の中の偏りが、いい方向へ修正されたと思います。
進めてくれた、大親友のGhemaには、本当に感謝です。

基本的には、今私は、これを食べてはいけない、と、頭で考えてはいません。

その日の体の状態で、特定の食材を食べなかったり、食べたり、することはあります。。。
でも、何を食べて、何を食べてはいけないか!!と頭でっかちに考える!!!みたいなことから開放されている今はとても、とても自由になりました。


それでも、十分、健康な食事をしています。そして、体が、元気で、気持ちが元気で、毎日をありがたく生きることができているのか?が心と体の健康のバロメーターになっています。

今、思うのは、今まで通ってきた道は、ひとつも無駄なことなんか無かったな、ということ。
一つ一つが無駄であったり、寄り道だったようなことでも、実は意味があって、そのことがあるから、今のこの状態にいられるのだなって、思います。


ヘルスヒストリー(今の健康状態調査)をさせていただくことが多くなって、そこで思うのは、本当に、皆、「本当の情報』に飢えているということと、それを、自分のダイエットにどう取り入れていくか、ということへの知識不足があるように感じます。

食べること、それなしには私たちは生きていけません、だからこそ、幸せで感謝のある食べ物との関係を皆が築けることができたら、どんなに幸せな人が増えるのだろう、と、心から思います。


話戻って、

私自身、最初の結婚してから2009年頃までは、いろいろなことが本音のところでは、思うようにいかない状態が続いていました。
それは今思うと、私の考え癖、思い癖もあって、パートナーシップを上手に築くことが下手だったから。
その頃まで、私は、スイスで大きな学びをしたのにもかかわらず、まだ、かなりの被害者意識で生きていました。

勝手に相手の顔色を見て、我慢をして、そして、私さえ我慢していればいいんだ、という思考パターンで生きていました。

精神的にも限界だったある夜、体に向き合うことに合わせ、さらには心に向き合うこと本格的に学び始めたのでした。
体のことに合わせて、心の学びを本格的にし始めてからは、見える視界がどんどん変わっていきました。

そこからの私は、
誰もが自分の心、体のトリセツを手に入れたら、

自分史上最高の人生を操縦する術を身につけることができるのだということを経験してきました。

2010年より、ホリスティックヘルスカウンセラー、ヒーラーとして活動を始めます。
ホリスティックヘルスカウンセリングをさせていただいて居ると、絶対心の問題を無視できないことがわかってきます。
体からのアプローチに限界が来るとき、それは、絶対心のブロックが関係しています。
そんな中、体だけではなく心の問題にも取り組みながら、より良い自己実現を目指すお手伝いをしてクライアントさんの大きな変化の伴奏をしてきました。

そんな風に自分のビジネスを成長させながら、私自身2013年離婚してアメリカから単身帰国し、
2014年に今の夫と結婚します。

今現在(2020年)は、トータル6人の子供を持つママで(アメリカに3人、一緒に3人暮らしています)
愛する夫にサポートされながら、心と体の健康について自ら学びも続けなから、発信 している中、

自分の発信している手法だけでは限界があることが分かってきました。

それは神様と分離して、
自分だけで生きようとしていることからくるのだ、ということを理解し、

2020年4月に強烈に聖書に惹かれるということが起こり始めました。

その後、水と聖霊のバプテスマを受け、クリスチャンとして新生しました。

聖霊の導きを受けながら、自分を見つめることを伝えると同時に、
神様がそれぞれの人に計画を持っていることを確信して、聖書の内容も含めた神様と共に生きる
『メンタルビューティーレッスン』をお伝えしています。

また、CS60施術、ホリスティックヘルスカウンセリングも行なっています。


一人一人が神様によって作られた人生でミッションを持っている存在です。
神様からの愛を受け取る準備を一緒に進めていきましょう。







自分が色々なことを現実化させてきた経験から、
その経験、学びを活かしたセッション、カウンセリングをさせていただいています。

なんとなく不調、便秘などの不調、やる気が出ない、やりたいことが何かわからない、自己実現ができていない、パートナーシップに悩みがある、親子関係がうまくいっていない、など、見て見ぬ振りをしているところを一緒に見つめて、神様が働いてくださるように、
あなたをバージョンアップさせていきましょう。

心に向き合う、体に向き合う 『”自分”のトリセツ』を自分が知ること、
そして、神様が自分に用意している道を生きる覚悟で

自分が最高にチューニングアップされて、人生は思わぬ展開になっていきます!!

だって、自分だけでコントロールする人生ではなく、神様の意図に沿った人生になるのですから。
大切なことは、自分で自分の人生のコントロールを手放すということ。



自分の心と向き合う方法

●独自に作り上げた自分を見つめる方法であるメンタルビューティーセラピー

体に向き合う方法

●トータルヘルスをサポートするホリスティックヘルスカウンセリング
●高城剛さんも紹介本を出版されたCS60というミトコンドリアを活性化施術、
●今後は、血液データからも、今のご自身の体の中で起こって居ることを読み解いていく方法をお伝えするため、
分子栄養学実践講座にて栄養療法を習得中

人生って長いようで短い。死ぬ時に、自分の人生を振り返ってみる時、あなたは何を思うのでしょうか?

もっとお金を稼げばよかった。
もっと豪邸に住みたかった。
もっと仕事に成功すればよかった。


きっと、上のどれでもないのです。。。
どんなに愛のある人生だったか。あなたはそれを思うのではないでしょうか?

世の中に溢れるヒーリング、ヨガ、瞑想、、、それらからは、真の平安も真の幸福も得られず、
結局私たちは、もっと何か、と求め続け、スピリチュアル難民になってしまうのです。

これらの答えが聖書にあるという大きな気づきがあり、神様と生きるとは、という観点でお伝えしています。